ある医者の物語

医師免許なくなる覚悟してと言われたとき、本当にまるで男のようだった

その上司が普通はしない自爆をしていく時、それに付き合おうと思った

だから自ら警察を呼ぶことに反対しなかったし、すんなりと受け入れ、取らせてもらった医師免許をなくすかもしれないと母に謝罪した

自分がそれまで築いてきたものが崩れても、構わないと思った

なくすことで、母とのことも、ジェットコースターに乗りたがることも、すべてから解放される気がした。

患者さんが今死ぬか生きるか、本当にスローモーションのような瞬間と修羅場を繰り返して、もう満足だったのかもしれない。

それは仕事なんかではなく、自分の人生そのものだった

生死に直面してそれに真っ正面から向き合い自分が関わることで、自分の生を感じられた
この世のすべてのことを忘れる瞬間
気の遠くなるような重圧を背負う代わりに、気の遠くなるような超越感を手に入れる

救急は、待機的なことより簡単だ
計画ではなく、訓練された体が自然に動くから

大学に行くとき、嫌いな勉強をしなきゃいけないなら、職業直結型のとこに行くと決めていた
その通り、大学でやったことが実践となって直結し、救急でやったことが健診に直結している

仕事でなく、何かに没頭することと、自分に負けたくないという挑戦と意地、スポ根が好きなだけ

スマートに生きるより、泥臭く生きたい
美しく華麗でなくていい

でも仕事は、濃密な経験を積んで慣れて余裕が出てくるし、今は寝ながらでも出来るような書類と、鬱でも出来るような営業スマイルの診察。
ただ、量が多いのと、問題発生への対処で時間がかかる

医者でなく、学校の先生のようだ
同時に企業戦士

どちらにしても、自分に負けたくない意地と挑戦

人間の解剖と透視下で左右上下を逆に考えるゲームのようなイメトレ、目と右手と左手と右足に同時に違う動きをさせる脳トレと手先トレ、瞬時の判断、患者を見る洞察力、駄洒落で鍛えた柔軟性、それらをすべて結びつけて駆使して何かをすることが楽しい

ただ、全身全霊で人の命を救うこと以上に、生きてる実感を味わったことはない
あるとしたら、親や男との、絶頂と死闘

今こんなことを言ってるのは、自分達の生活リズムとシチュエーションがうまくいかないからだ

生きるか死ぬかのスレスレを味あわなくても、生きている実感を味わえるはず

穏やかな生活の中に、それを見出だしたいとは思っている

映画を観なくても小説を読まなくても音楽を聴かなくても、自分の人生そのものが日々更新される作品だ

でも、何かを鏡にして自分を見るのではなく、この世に存在するいろんなことを楽しみたい

スリルと苦しみがなければ生きていけないなんて、本当は自分に疲れている